私たち日本の B2B 企業が10年以上かけて積み上げてきた仕組みは、 世界では既に「過去のモデル」になりかけている─。 2026年4月、Phoenix で開催された Forrester B2B Summit North America に参加し、 4日間を通して最も強く感じたのはこの逆説でした。
※サミット参加により、Forrester 公式認定「Activating the Modern GTM」を取得しました。
世界中から B2B マーケティング・GTM・RevOps 領域の実務家が集まる、業界最大級のサミットです。 4日間で吸収した知見はあまりに膨大で、これから時間をかけて消化していく予定です。本記事はその第一歩として、今回のサミット全体を貫く中核テーマである「GTM Singularity」について、自分なりの整理と、日本のB2B企業がこれをどう受け止めるべきかを書き残しておきたいと思います。
サミット会場で繰り返し感じたのは、米国の最先端B2B組織が、自社の現状を率直に「うまくいっていない」と認めていたことでした。そして、その理由を構造的に分析し、次のステージへと向かおうとしている彼らの姿勢から、私たち日本のB2B企業が学ぶべきことは少なくないと感じています。
GTM Singularity という構造変化
今回のサミット全体を貫くテーマが、Day 1 基調で打ち出された GTM Singularity です。
物理学において Singularity(特異点)は、関数や既存のモデルが定義できなくなる地点を指します。ブラックホールの中心のように、これまでの物理法則が通用しなくなる場所です。Forrester は、B2B のGTM(Go-to-Market = 売り方・市場参入の全体設計)の世界においても、これまでの方程式が機能しなくなる転換点が訪れていると説きます。
米国では、Eloqua(1999年設立)や Marketo・HubSpot(2006年設立)などの MA ツールが20年以上の歴史を持ち、ある一つのリニアなルールが B2B GTM の標準として定着してきました。SEO で検索流入を取り、Web フォームでリード化し、MA で点数をつけて MQL に育て、SDR がアポを取り、営業がクロージングする ─ この方程式です。
一方、日本においては、外資系 MA(Eloqua、Marketo、Pardot など)が本格的に上陸したのが2013〜2014年頃。「MA 元年」と呼ばれるこの時期から、多くの B2B 企業が MA を導入し、MQL を中心としたレベニュープロセスを整備し始めて、まだ十数年です。米国に比べれば、私たちのこの方程式の運用歴はまだ浅いと言えます。
しかし、この米国で20年以上信じられてきた方程式が、急速に機能しなくなりつつある ─ これが GTM Singularity の問題提起です。
背景にあるのは、AI ではない複数の構造的圧力です。
- マクロ経済の不確実性 – 地政学的緊張
- リモート/ハイブリッド勤務によるチームの分断
- 購買グループの肥大化(平均13人 + 外部ネットワーク9人)
- 買い手の自己完結型購買行動
- リスク回避傾向と販売サイクルの長期化
これらは AI が登場する前から、すでに B2B の現場に存在していました。Forrester が強調したのは、「AI は原因(cause)ではなく、加速剤(catalyst)である」という視点です。AI が登場したから市場が変わったのではなく、すでに積み上がっていた構造的圧力に AI という加速剤が注がれたことで、これまで「なんとか機能していた」古いルールが、いっぺんに崩壊しつつある ─ これが GTM Singularity の核心です。
この区別は重要です。「AI が原因」と捉えれば、AI 対応だけ考えればよいことになります。しかし「AI は加速剤」と捉えれば、本質的な問題は背景の構造的圧力であり、GTM 全体の再設計が必要になります。Forrester がサミット全体を通じて訴えていたのは、後者の認識でした。
バイヤー側で起きている変化
GTM Singularity の構造的圧力の中でも、最も根本的な変化が起きているのはバイヤー側です。
Forrester がサミット中で繰り返し示したデータが、刺激的でした。
- 購買担当者の 94%が、すでに購買プロセスのどこかで AI(Answer Engine = 回答エンジン)を使用している
- AI(回答エンジン)の影響力は、企業の Web サイトや営業担当者、イベントの 約2倍
- 平均的な購買グループは 13人、その意思決定に影響を与える外部ネットワークがさらに 9人
- B2B の Web フォーム入力時点で、勝率はすでに 5% しかない
- 買い手は意味のあるインタラクションの 70%を「自己完結(self-guided)」で完了させている
ここで興味深いのは、Forrester が AI を「Answer Engine(回答エンジン)」と呼んでいることです。これは Claude、ChatGPT、Perplexity、Gemini、Copilot などを総称する用語で、買い手が「検索エンジン」ではなく「回答エンジン」から情報を得る時代に入ったという認識を端的に示しています。
検索結果のリンクを辿って答えを探すのではなく、AI が直接「答え」を返す ─ このパラダイム転換が、購買行動を根本から変えつつあります。
これらのデータが示すのは、買い手は 営業に会う前に、ほぼ意思決定を終えている という現実です。これ自体は日本のB2B現場でも以前から認識されてきた傾向ですが、回答エンジンの普及によって、その「事前決着」のスピードと深さが、急速に加速しています。
特に印象に残ったのは、複数のセッションで言及された「Web フォームに記入された時点で、勝率はすでに5%しかない」という一文です。これまで多くの B2B 企業が最大化しようとしてきた指標 ─ Web サイト訪問数、資料ダウンロード数、フォーム送信数、MQL 数 ─ が、実は売上にはほとんど寄与していない可能性を示唆しています。
そしてもう一つ重要なのが、購買グループの構造変化です。「平均13人 + 外部9人 = 22人」が一つの購買意思決定に関わる時、1人のキーパーソンに刺さるコンテンツや営業トークだけでは商談は決まりません。
さらにここに、新しい「メンバー」が加わりつつあります。AI エージェントです。
これは Forrester が Day 3 基調で提示した重要な論点でもあるのですが、買い手側の AI エージェントが、購買プロセスにおいて情報収集・候補絞り込み・初期評価を代行するようになっています。つまり、これからの B2B GTM では、「人間 13人 + 外部影響者 9人 + AI エージェント」 という構造の購買グループに対して、コミュニケーション設計をしなければならない時代が来ています。
しかし日本のB2B企業では、いまだに「キーパーソンへのアプローチ中心」というモデルに留まっているケースが少なくありません。Forrester が提示した世界の現実は、そのモデルだけでは機能しなくなっていることを明確に示しています。
ARC 原則 ─ GTM Singularity を乗り越える3つの原則
GTM Singularity の構造変化に向き合うために、Forrester が提示したのが ARC 原則です。
- Augmented(拡張):人間と AI の能力を組み合わせ、双方の強みを活かす
- Resilient(レジリエンス):市場の変化やショックを吸収しながら、プロセスを適応させる能力
- Collaborative(協働):マーケティング、営業、カスタマーサクセス、製品の各チームを意図的に連携させる
それぞれを少し具体的に見ていきます。
Augmented(拡張) は、AI が人間の仕事を「置き換える」のではなく、「人間が AI を使うことでよりパワフルになる」という捉え方です。Day 3 の基調講演では、AI エージェントを Target(標的)/Tool(道具)/Teammate(同僚) の三つの観点から扱う「Three ‘Gents」というフレームワーク(”agents” の “a” を省略した言葉遊びで、3つのT を揃えている)も紹介されていました。AI を「代替」ではなく「拡張」として捉える視点は、これからの GTM 組織設計の前提となるでしょう。
Resilient(レジリエンス) は、変化に対応できるプロセスを持つことを意味します。多くの B2B 組織では、GTM 計画を年に一度しか更新していません。しかし、買い手の行動が回答エンジンの登場で大きく変わりつつある今、静的な年次計画では市場の変化に追いつけません。四半期、月次、あるいはキャンペーン単位で計画を更新し、学習と適応を繰り返す ─ これがレジリエンスの実装です。
Collaborative(協働) は、マーケと営業、CS、製品の各チームを意図的に連携させることを指します。これに関連して印象的だったのは、Day 1 のあるブレイクアウトでのことです。
登壇者が会場の参加者に「自社の GTM 計画・戦略プロセスを2語で表現してください」と問いかけ、参加者がスマホで回答すると、画面に大きく現れた言葉は “Disconnected”、”Reactive”、”Confusing” でした。
世界の最先端 B2B 組織が集うサミットの会場で、参加者自身が自社の現状をそう認識していた、という事実です。4日間の中で、最も印象に残った瞬間の一つでした。
このセッションで Forrester が提唱したのが、Connected GTM Framework という新しいフレームワークです。マーケ・営業・CS・製品が、ひとつのレベニュー創出プロセスとして機能する仕組みを5つのフェーズで設計する ─ これが ARC 原則の「Collaborative」を具現化する手段として位置付けられています。 ARC は単なる標語ではなく、GTM Singularity の時代に組織が機能し続けるための、極めて実務的な原則として語られていました。
日本のB2B が直面する逆説の構図
ここまで Forrester が示した GTM Singularity という構造変化、そしてその中で米国の最先端 B2B 組織が向き合おうとしている現実を見てきました。
ここで改めて、日本の B2B 企業が置かれている状況を考えたいと思います。
冒頭で触れたように、米国では Eloqua(1999年設立)や Marketo・HubSpot(2006年設立)などの MA ツールが20年以上前から普及し、SEO → Web フォーム → MQL → SDR → 営業 というリニアな B2B GTM の方程式が、業界の標準として運用されてきました。
そして今、その方程式自体が GTM Singularity の構造変化によって機能しなくなりつつあり、米国のB2B 企業は Connected GTM や Buying Group Transformation といった新しいアプローチへの移行を進めています。
一方の日本はどうでしょうか。
日本の B2B 企業の多くは、外資系 MA が本格的に上陸した2013〜2014年頃から MA を導入し、MQL を中心としたレベニュープロセスを整備し始めました。十数年が経ち、ようやくこの方程式が組織に定着しつつあるところです。
つまり、私たち日本の B2B が10年以上かけて営々と積み上げてきた仕組みが、世界では既に「過去のモデル」になりかけている ─ これが日本のB2Bが直面する逆説の構図です。
これは「日本企業は遅れている」という単純な話ではありません。むしろ、欧米のマーケティングが日本の10年・15年先を行っていた時代の前提が、AI(回答エンジン)の登場によって変わりつつあると捉えるべきです。
これまでであれば、欧米で確立された方法論を10年遅れで日本が学習・実装すれば、それで競争力を維持できたかもしれません。しかし回答エンジンを起点とした購買行動の変化は、日本においても米国においても、ほぼ時差なく押し寄せてきています。買い手側の変化に時差はないのです。
つまり日本のB2B 企業は今、二つの課題に同時に向き合う必要があります。 ひとつは、これまで取り組んできた「MA・MQL 中心のレベニュープロセス」を、組織にしっかり定着させること。もうひとつは、その先で米国が向かっている Connected GTM や Buying Group 中心のアプローチへの移行を、同時に視野に入れること。
10年遅れて学習する余裕はもう、ないかもしれません。
おわりに
GTM Singularity とは、市場そのものが壊れたのではなく、市場を捉えるモデルが壊れたということだと思います。
そして、モデルを更新する作業は、ツール導入で完結するものではありません。測定指標、組織構造、マーケティング戦略、コンテンツ、人間と AI の役割分担 ─ すべてに及ぶ、構造的な再設計が必要です。
このサミットで吸収した知見はあまりに膨大で、これから時間をかけて消化していく予定です。Connected GTM Framework、Buying Group Transformation、Cascading Objectives、ARC 原則の組織への実装、AI エージェント時代のチーム設計、回答エンジン時代の Visibility Vacuum 対応 ─ ひとつずつ、日本の B2B 企業の文脈で何が示唆になるのかを、自分なりに言語化していきたいと思っています。
こうした世界の最前線を、日本の B2B 企業のマーケに橋渡ししていきたい。
これが、Forrester B2B Summit 2026 で得た私の最大の動機です。
▼ ベネクロが目指す未来について

代表取締役 | CEO and Founder
BtoBマーケティング・RevOpsコンサルタント
内村裕香 [プロフィール]
2015年から大手総合電機メーカーでBtoBマーケティング組織の立ち上げと社内定着化を主導。Adobe Marketer of the Year 2020 受賞。2024年に株式会社ベネクロを創業し、日本のBtoB企業 ─ 特に従業員300〜2,000名規模の製造業 ─ を対象に、グローバル最前線の知見を翻案した戦略コンサルティングを提供。専門領域はマーケティングオペレーション(MOps)/レベニューオペレーション(RevOps)。Forrester B2B Summit North America 2026 参加・Forrester Certification「Activating the Modern GTM」取得。NPO法人Forum2050 CDO、神奈川ニュービジネス協議会(KNBC)会員。


