要約
- BtoB マーケティングの主戦場は、いま「購買が始まる前」に移っている。Forrester が 2026 年サミットで打ち出した Preference Marketing は、バイヤーが検討を始める前にすでに優先ベンダーが決まっている、という構造を捉えた概念
- BtoB バイヤーの 68% が購買プロセス開始時点で優先ベンダーを心に決めており、そのうち 80% が最終的にそのベンダーを選ぶ ─ 結果、約 55% の案件は検討が始まる前に決着している
- Forrester の Ian Bruce・Kelvin Gee 両氏は、これを F1 のポールポジションに例える。「レースは日曜の当日ではなく、前日の予選で勝敗の大半が決まる」
- 機能不全の原因は、ブランドチームとデマンドチームの分断(a house divided)。別組織・別予算・別 KPI で、どちらもビジネス成果に接続されていない
- 解決策は BUILD → MEASURE → DEPLOY の 3 ステップで、両者を「選好を測る共通の指標」のもとに統合すること
- ただし最大の弱点は測定。ブランド投資の ROI を測れている BtoB マーケティングリーダーは、わずか 25% にとどまる
1. はじめに ─ 「見つかる」の次は、「選ばれる」
前回の記事「[Forrester Visibility Vacuum とは]」では、AI 検索によってバイヤーの「見つけ方」が変わる現象を解説しました。今回はその次の問い、「選ばれ方」です。
Forrester はサミットで、5 大示唆をひとつの流れとして整理しています。
- Visibility Vacuum ─ バイヤーの「見つけ方」(SEO から AEO へ)
- Preference Marketing ─ バイヤーの「選ばれ方」(購買前の初期選好獲得へ)
- Buying Group Transformation ─ バイヤーへの「売り方」(個人からグループへ)
この並びはシンプルです。Answer Engine 上で「見つかる」ようになっても、そこで「選ばれる」状態がなければ、案件にはならない。 Visibility は入口にすぎません。
そして Preference Marketing は、もう一段深いことを言っています。多くの案件は、バイヤーが購買プロセスを正式に「始める前」に、すでに勝負がついている。従来のマーケティングが主戦場としてきた「検討フェーズでの刈り取り」は、実のところ予選で決まった結果を確認しているだけかもしれない ─ Forrester はそう問いかけました。
では、その予選に勝つために、何を変えるべきか。ここで、この記事の結論を先にお伝えします。
日本の BtoB で「アライメント」といえば、長らくマーケティングと営業の連携を指してきました。MQL の定義をすり合わせ、リードの受け渡しを整える ─ その努力自体は正しい。しかし Preference Marketing が問うのは、その一歩手前です。
そもそも、マーケティングの内部で、ブランドとデマンドが分断されている。
次に統合すべきアライメントは、マーケと営業の「間」ではなく、マーケティングの「中」にある ─ これが、この記事でお伝えしたい結論です。
以下では、2026 年 4 月 28 日、Forrester B2B Summit North America のキーノート「Make Brand + Demand Your Preference Multiplier」で Ian Bruce・Kelvin Gee 両氏が示した内容を軸に、その定義とフレームワーク(BUILD / MEASURE / DEPLOY)、Workday 社の実装事例、そして日本の BtoB 企業が明日から何を始めるべきかまでを解説します。
2. 「予選」で勝負は決まる ─ F1 のポールポジション
Ian Bruce・Kelvin Gee 両氏が最初に示したのは、シンプルな問い直しでした。
バイヤージャーニーは、もはや selection(選定)ではなく、confirmation(確認)のプロセスになっている。
つまり、バイヤーは「どれを選ぶか」を検討しているのではなく、「すでに心に決めた相手で間違いないか」を確認している。Forrester Buyers Journey Survey 2025 の数字が、それを裏づけます。

| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 購買プロセス開始時点で優先ベンダーを心に決めているバイヤー | 68% |
| そのうち、最終的にその優先ベンダーを選ぶバイヤー | 80% |
| 結果:購買プロセス開始前に勝負がついている案件 | 約 55% |
| ブランド投資の ROI を測定できている BtoB マーケティングリーダー | 25% |
68% がプロセス開始時点で優先ベンダーを決めており、その 80% が最終的にその相手を選ぶ。掛け合わせれば、約 55% の案件は、正式な検討が始まる前にすでに決着している計算になります。
両氏はこれを、F1 のポールポジションに例えました。
レースは日曜の当日ではなく、前日の予選で勝敗の大半が決まる。
実際、F1 の歴史全体で、ポールポジションから発進したドライバーが優勝する確率は、おおむね 4 割前後(統計により 42〜44%)。強いチームが市場を支配する年には、5 割を超えることもあります。BtoB 購買も同じ構造だ ─ それが両氏の主張です。
商談化した案件を追いかけるのは、いわば決勝当日の追い抜きです。もちろん逆転は起きます。しかし勝負の大半は、その前の「予選」─ バイヤーが誰にも相談する前の段階で、すでについている。
そして最後の数字が、この章のもうひとつの核心です。ブランド投資の ROI を測定できている BtoB マーケティングリーダーは、わずか 25%。予選で勝つことが決定的に重要なのに、その予選を戦う投資の効果を、4 社に 3 社は説明できていない。この「測定の空白」こそ、後半のフレームワークが埋めようとするものです。
3. なぜ従来の BtoB マーケティングは機能しないのか
予選で勝てない最大の理由は、組織構造に課題がある ─ Bruce・Gee 両氏はそう指摘します。両氏の言葉で言えば、BtoB マーケティングは「a house divided(分断された家)」。同じレースに、2 台の車を別々に走らせているようなものだ、と。
2 台の車とは、ブランドチームとデマンドチームのこと。多くの BtoB 企業で、この両者は分断されています。

| 観点 | チーム・ブランド | チーム・デマンド |
|---|---|---|
| 組織 | 独立した別組織 | 独立した別組織 |
| 予算 | 別予算 | 別予算 |
| KPI | エンゲージメント中心(ROI 不明) | MQL・パイプライン中心 |
| 抱える課題 | 抽象的なキャンペーン | 刈り取り偏重のマーケティング |
| 互いへの批判 | 「ビジネス成果に接続されていない」 | 「予選を諦め、目先の刈り取りに走っている」 |
ブランドチームは、認知と評判をつくる。しかし、その活動がビジネス成果にどうつながるかを示せない。一方のデマンドチームは、MQL とパイプラインを追う。しかし、予選 ─ 購買前の選好づくり ─ を諦め、すでに検討に入った層の刈り取りに集中してしまう。
結果として、どちらのチームも「予選で勝つ」という一点に責任を持っていない。Preference Marketing は、この分断を終わらせ、両チームをひとつの戦略の下に再統合する提案です。次章から、その具体的な枠組みを見ていきます。
4. Preference Marketing とは何か ─ 定義と、統合という条件
Forrester による Preference Marketing の定義は、次のとおりです。
早く意思決定を固めていくバイヤーの中に、早い段階での親近感と、長期的なロイヤリティを築くことを優先する手法。
ポイントは「早期」です。検討が始まってからブランドを想起してもらうのでは遅い。その前 ─ 予選の段階 ─ で、親近感の第一想起を取りにいく。これが Preference Marketing の狙いです。
そして両氏は、この手法の実現には避けて通れない条件があると言います。
ブランドとデマンドの統合です。
ここで、先ほどの結論に戻ります。日本の BtoB で「アライメント」といえば、長らくマーケティングと営業の連携を指してきました。しかし Preference Marketing が問うのは、その一歩手前 ─ マーケティングの内部で、ブランドとデマンドが統合されているか、です。
統合されたチームは、共有のキャンペーン、共有の予算、そして「選好を測る共通の指標(KPI)」のもとで動きます。その結果、これまで噛み合わなかった二者が、初めて同じ言語で成果を語れるようになる。
| 統合前 | 統合後に語れること | |
|---|---|---|
| ブランド責任者 | 「ROI が示せない」 | ビジネス成果への実際のインパクト |
| デマンド責任者 | 「長期の資産が積み上がらない」 | 長期的な成長への貢献 |
ブランドは「ビジネスに効いている」ことを、デマンドは「未来の成長を作っている」ことを、それぞれ証明できるようになる。分断されていた二者が、互いの弱点を補う関係へと変わります。
その統合を、実行可能な手順に落とし込んだものが、次章の 3 ステップ ── BUILD → MEASURE → DEPLOY です。
5. Forrester Brand & Preference Framework ─ 3つのステップ

STEP1 BUILD ─ 選好を「構築」する
選好は、ある日突然生まれるものではありません。Bruce・Gee 両氏は、選好が積み上がる過程を、5 段の階段(ピラミッド)で示しました。土台から順に、こうです。
- Awareness(認知) ── 土台。存在を知っている
- Perception(認識) ── 何をやっている会社かを理解している
- Sentiment(感情・態度) ── 好意的に受け止めている
- Preference(選好) ── 第一想起。ここがポールポジション
- Loyalty(支持・推奨) ── 頂点。選び続け、他者に薦める
多くの企業は、土台の Awareness で議論を始めて、そこで終わってしまう。「ブランド認知を上げよう」で止まるのです。認知は必要ですが、それだけでは予選には勝てません。ポールポジションが決まるのは、頂点のひとつ手前 ─ Preference の層です。
では、構築の段階で、実際に何をするのか。「どれだけ知られているか」という認知の量を追うのではなく、「この課題なら、この会社」という連想を、特定のテーマで一貫して積み上げる作業です。具体的には、(1) 自社の視点を明確に打ち出したコンテンツ ── 何を課題と捉え、どう解くのかを、自社の立場で語る、(2) 顧客自身の言葉による事例・証拠、(3) バイヤーが実際に情報を得ている場所(媒体・イベント・SNS)での継続的な露出。この 3 つを、単発の施策としてバラバラに打つのではなく、同じ連想を強くする方向へそろえていく。それが、構築の段階で実際にやることです。
STEP2 MEASURE ─ 選好を「測定」する
第 2 章で見た「ROI を測れているのは 25%」という数字。その空白を埋めるのが、この測定の段階です。両氏はこれを Preference Telemetry ── 選好が育っているかを、継続的に計測する仕組み ── と呼びます。
F1 マシンは、走行中にタイヤの空気圧や摩耗をリアルタイムで計測し続けています。勘で走るのではなく、データで走る。選好も同じように、継続的に計測すべきだ ── という発想です。
測定には 2 つの方法が示されました。
- ① バイインググループの相互作用を計測する 自社が能動的に生み出したシグナル(ファーストパーティ)と、第三者の場で自然に生まれたシグナル(サードパーティ)を分けて捉えます。具体的には、前者は指名検索の数、自社サイトへの直接流入、ウェビナーやイベントへの参加、商談時の「御社は前から知っていた」という声。後者は、レビューサイトや口コミ、業界メディア・SNS での言及。この両方を定点で追い、どちらの選好が、どのチャネルで育っているかを見ます。
- ② 下流の成果に接続する 選好のシグナルを、コンバージョン率・商談が決まるまでの速さ・受注率といった、その先の成果指標に結びつけます。「選好が上がると、商談が速く・高く決まる」を数字で示せれば、経営層に対して、予選への投資を説明できるようになります。
②が決定的です。ここが機能して初めて、ブランド投資は「コスト」から「説明可能な投資」へと変わります。
STEP3 DEPLOY ─ プレイブックを「展開」する
最後は、測定結果に応じて打ち手を変える段階です。両氏は、2 つの軸で状況を 4 象限に整理するプレイブックを示しました。
- 縦軸:市場での選好(Market Preference) の高低
- 横軸:バイインググループとの相互作用(Interaction) の高低

| 選好 / 相互作用 | 相互作用:低 | 相互作用:高 |
|---|---|---|
| 選好:高 | Contender/挑戦者 例:Samsung 市場の選好はある。能動的なパイプラインへ転換する | Pole Position 例:Apple 勝っている状態。守り、検証し、拡大する |
| 選好:低 | Long Shot/一発狙い 例:Motorola 小さく試して手応えを検証。撤退の判断も選択肢 | Underdog/追走者 例:Google Pixel デマンドの勢いを保ちつつ、ブランド投資で信頼を積む |
自社が、あるいは各製品カテゴリが、この 4 象限のどこにいるのか。それによって、ブランドとデマンドの投資配分は変わります。全方位に同じ力をかけるのではなく、象限に応じて打ち手を選ぶ ── これが、展開の考え方です。
(※ Apple・Samsung 等は、Forrester が概念を説明するために用いた身近な例です)
6. 実装事例 ─ Workday
フレームワークを実際の企業がどう動かしたか。Forrester が挙げた事例が Workday です。
Workday は、HR・財務領域のクラウド大手。Fortune 500 の 6 割超が顧客という強者ですが、それでも課題を抱えていました。商談サイクルが長く、最長で 2 年に及ぶこと。そして、Oracle や SAP という既存の巨人の存在感に、自社が埋もれてしまうこと。
まさに「予選で先行されている」状態です。
そこで Workday が選んだのが、ブランド・デマンド・営業を横断する統合キャンペーンでした。それが「Rock Star」キャンペーンです。

Ozzy Osbourne や Billy Idol、Gwen Stefani といった本物のロックスターを起用し、「オフィスワーカーを安易に rock star と呼ぶな」という皮肉を軸に、Workday の顧客こそが真の “rock stars of business” だと讃える ── ユーモアの効いたブランド広告です。しかし特筆すべきは、これがブランド広告で終わらなかった点にあります。
- ブランド:スーパーボウルや The Masters での大型ブランド広告
- デマンド/PR:ソートリーダーシップ、PR、年次イベント Rising での実演
- 営業アクティベーション:1:1 の商談専用に設計されたツアーバスの巡回
ブランドで作った選好を、そのままデマンドと営業の現場に流し込む。分断ではなく、ひとつの流れとして設計されていました。日本でありがちな「広報が広告を出し、その広告効果を測って終わり」とは対照的です。せっかく大きなキャンペーンを打つなら、マーケティングと営業の計画に接続してこそ、選好は売上に変わります。
結果として、公開されている事例では、キャンペーン後に売上は前年同期比で 18% 増、ブランド考慮度も大きく改善したと報告されています。そして Forrester が強調したのは、副次的だが本質的な効果 ── ブランド・デマンド・営業という、それまで別々に走っていたチームが、ひとつのキャンペーンを通じて統合された、という点です。
a house divided(分断された家)を、ひとつ屋根の下に戻す。Workday は、その具体例でした。
7. 日本の BtoB マーケティングへの示唆 ─ 次のアライメントは「中」で起きる
ここまでは Forrester と海外事例の話でした。では、日本の BtoB 企業にとって、Preference Marketing は何を意味するのか。私(ベネクロ)の見立てを述べます。
日本の BtoB マーケティングは、この 10 年、マーケと営業のアライメントに多くを投資してきました。MA と SFA をつなぎ、MQL / SQL の定義をすり合わせ、リードの受け渡しを整える。それは確かに前進でした。
しかし、その努力の陰で、多くの現場が見落としてきたものがあります。マーケティングの「中」が、いまだ統合されていない。
日本の BtoB では、この分断がさらに根深い形で現れます。組織が大きくなるほど、ブランドを担う機能は「広報部」や「ブランドイメージ戦略室」といった名前で、マーケティングから切り離されて置かれがちです。マーケティングという部門があればまだ良いほうで、確立された部門を持たず、営業部が兼任しているケースも珍しくありません。
さらに、そのブランド/広報機能そのものが、実体を伴っていないこともあります。広報を専任で置ける企業は限られますし、「広報」といっても、実態はプレスリリースを PR TIMES で配信しているだけ、という現場も少なくないでしょう。つまり日本では、ブランドとデマンドが「別の部屋に分かれている」どころか、そもそも別の建物にいる、あるいは片方の部屋に人がいない ── そういう a house divided が広く見られます。
結果として、マーケティングの実態は「デマンド一色」に傾きます。MQL とパイプラインが最優先となり、予選での選好づくり(ブランド)には、予算も人も測定手段もつきにくい。
しかし、より正直に言えば、「デマンド一色」であれば、まだ良いほうです。日本の BtoB 企業の少なくない割合は、デマンドジェネレーション(需要創出)にすら至らず、いまだ「プロモーション」の域を出ていません。広告を出す、資料を作る、展示会に出る、プレスリリースを配信する ── そうした施策の実行そのものが「マーケティング」だと受け止められている。そういうケースが、とても多いというのが実感です。
整理すると、BtoB マーケティングの成熟度は、おおよそ三段階に分けられます。プロモーション(施策を実行する)→ デマンドジェネレーション(需要を設計し、パイプラインに責任を持つ)→ ブランドとデマンドの統合(選好を、購買が始まる前に作る)。Forrester が説く Preference Marketing は、この最後の段階の議論です。しかし日本企業の多くは、いまだ最初の「プロモーション」から二段目の「デマンドジェネレーション」へ上がろうとしている途中にいます。Preference Marketing まで、なお二段の距離があるのです。
だからといって、最終段階を知らなくてよい理由にはなりません。むしろ逆です。目的地が「購買が始まる前に選ばれる状態を作ること」だと分かっていれば、目の前のプロモーション施策の一つひとつを、その目的地に向けて選べる。ゴールを知らずに施策を積み上げても、予選には届きません。段階は飛ばせませんが、方向は最初から合わせられます。
だからこそ、日本企業にとっての第一歩は、まず自社がこの階段のどこに立っているかを直視することです。そのうえで、営業との連携の前に、マーケの内側でブランドとデマンドを同じ KPI の下に置く設計へと向かう。組織を今すぐ統合できなくても、「同じ戦略・同じ指標の下で見る」ことから始められます。現実的な一歩を、3 つ挙げます。
① 共通言語をひとつ置く。 ブランドとデマンドを別々の指標で評価するのをやめ、両者が共通で追う「選好の指標」をひとつ設定する。組織を統合できなくても、「見る数字」を統合することはできます。
② 測定の空白から埋める。 「ROI を測れているのは 25%」は、日本ではおそらくもっと低い。まずは選好シグナルと下流成果(受注率・商談速度)を結ぶ線を、1 本だけ引く。ここで前提になるのが、データの一元管理(SSoT)です。散らばったデータのままでは、選好も成果も測れません。測定の土台づくりは、Preference Marketing の入口そのものです。
③ 自社の「象限」を見極める。 全方位に投資するのではなく、自社の主力カテゴリが 4 象限のどこにいるかを判定し、ブランドとデマンドの配分を決める。投資が部署ごとに分散しがちな組織ほど、この見極めが効きます。
ひとつ補足します。この分断は、企業規模が大きくなるほど深刻になります。ブランド、デマンド、広報が、それぞれ独立した部署・予算・KPI を持つのは、一定以上の組織規模があるからこそ。MOps や RevOps という考え方が必要になるのも、まさにこの規模帯です。裏を返せば、統合の余地が最も大きく、統合による効果が最も大きいのも、この中堅以上の企業だということです。
大切なのは、組織をいますぐ作り替えることではありません。まず、ブランドとデマンドが「同じ戦略・同じ指標の下で動いているか」を問い直すこと。統合は、組織改編ではなく、ひとつの共通 KPI と、ひとつのダッシュボードから始められます。
8. まとめ ─ 「選定」の時代から、「確認」の時代へ
Preference Marketing が示しているのは、BtoB マーケティングの主戦場が動いた、という事実です。
かつては、バイヤーが課題を持ってから検索し、複数の解決策を比較し、選定していました。マーケティングは、その検討の場で自社を見つけてもらい、選んでもらうことを目指せばよかった。しかし AI 検索の時代には、バイヤーが自社の Web サイトにたどり着くよりも前に、ブランドと選好の段階で先行を許してしまう。バイヤーがサイトを訪れた時点で、多くの場合、局面はすでに「選定」ではなく「確認」に入っているのです。前回の Visibility Vacuum と、今回の Preference Marketing が地続きである理由が、ここにあります。「見つけ方」が変わったから、「選ばれ方」も変わった ─ そういう順序です。
| 観点 | 旧時代 | 新時代 |
|---|---|---|
| マーケの発想 | 割り込み型(検討層を刈り取る) | 選好型(予選で第一想起を取る) |
| アライメントの主戦場 | マーケ × 営業 | デマンド × ブランド |
| ブランドとデマンド | 別組織・別予算・別 KPI | 選好を測る共通指標で統合 |
| 主な測定対象 | エンゲージメント/MQL | 選好の計測(選好 → その先の成果) |
| 勝負の分かれ目 | 商談での「選定」 | 商談前の「確認」 |
Bruce・Gee 両氏は、セッションをこう締めくくりました。
Team Brand と Team Demand の分断を終わらせ、ひとつの戦略の下に再統合せよ。それこそ、バイヤーが我々に求めていることだ。
そのための行動を、3 つに整理して結びとします。
- BUILD ─ 「この課題ならこの会社」という一貫したメッセージを定義し、証拠をそろえ、主要チャネルで届け続ける
- MEASURE ─ 選好が育っているかを測る指標をダッシュボード化し、毎週見る
- DEPLOY ─ 目標・戦術・チャネル・指標を持つ、再現可能なプレイブックとして運用する
予選で決まる時代に、予選を戦わない選択肢はありません。Get into Pole Position。 商談が始まる前に、選ばれる状態を作る。それが、これからの BtoB マーケティングの仕事です。
よくある質問(FAQ)
Q1. Preference Marketing は、従来のブランディングと何が違うのですか?
A. 目的地が違います。従来のブランディングが主に「認知」と「好意」を目標にしてきたのに対し、Preference Marketing が狙うのは、その先の Preference(第一想起・選好) の層です。「知っている・好きだ」で止めず、「候補に挙がったときに真っ先に思い浮かぶ」状態まで引き上げる。さらに、その効果をデマンド側の下流成果(受注率・商談速度)に接続して測定する点で、従来の「測れないブランディング」とは一線を画します。
Q2. うちは中小企業です。Workday のような大企業の事例は参考になりますか?
A. なります。Workday の本質は、豪華なタレント起用ではなく、ブランド・デマンド・営業をひとつの流れとして設計した点にあります。この「ひとつの流れとして設計する」という原則は、予算の規模を問わず持ち帰れます。そして、ブランド・デマンド・広報が別々の部署に分かれている中堅以上の企業ほど、この統合による効果は大きくなります。学ぶべきは広告費の額ではなく、設計思想です。
Q3. ブランドとデマンドを「統合」といっても、うちは兼任です。何をすればいいですか?
A. 兼任は、実は最短距離です。やるべきは組織改編ではなく、「見る数字」の統合です。デマンドの指標(MQL・パイプライン)だけを追うのをやめ、選好を捉える指標をひとつ加える。そのうえで、ブランド施策とデマンド施策を「別の活動」ではなく「同じ選好を育てる連続した活動」として設計し直す。ひとつの KPI と、ひとつのダッシュボードから始められます。
Q4. 選好(Preference)は、具体的にどう測ればいいのですか?
A. Forrester は 2 段階を推奨しています。第 1 に、自社が生み出したシグナル(ファーストパーティ)と、第三者の場で生まれたシグナル(サードパーティ)を分けて、選好の育ち方を捉える。第 2 に、その選好シグナルを、コンバージョン率・商談速度・受注率といった下流成果に接続する。特に後者が重要で、「選好が上がると商談が速く・高く決まる」を数字で示せて初めて、ブランド投資は経営層に説明可能になります。前提として、データの一元管理(SSoT)が欠かせません。
Q5. デマンド(刈り取り)を止めて、ブランド(予選)に全振りしろということですか?
A. いいえ。どちらかを捨てる話ではありません。Forrester のプレイブックは、自社の状況(市場での選好 × 相互作用)に応じて 配分を変える ことを推奨しています。すでに選好が高いカテゴリでは、それをパイプラインに転換する(デマンド寄り)。選好が低いカテゴリでは、まず信頼を積む(ブランド寄り)。全方位に同じ力をかけるのをやめ、象限に応じて重心を移すのが要点です。
Q6. 「マーケと営業のアライメント」は、もう不要になったのですか?
A. 不要にはなりません。マーケと営業の連携は、引き続き重要な土台です。本記事が言いたいのは、それを「卒業せよ」ではなく、「その手前に、もうひとつ統合すべき分断がある」 ということです。マーケの内部(ブランド × デマンド)が分断されたままでは、営業に渡す前の選好そのものが育ちません。順序としては、マーケの中を整えることが、営業との連携を活かす前提になります。
Q7. 日本で今日から始めるなら、最初の一歩は何ですか?
A. 「自社は、いま予選を戦えているか」を問うことです。具体的には、(1) 直近の受注案件で、バイヤーが最初に問い合わせてきた時点で、すでに自社を第一候補と決めていた割合はどれくらいか、営業に聞いてみる。(2) その「予選での勝率」を左右している施策(ブランド側)の効果を、いま測れているかを確認する。多くの場合、ここで「測れていない」という空白が見つかります。その空白の可視化こそ、Preference Marketing の実質的な出発点です。
関連記事
▶ シリーズ前回:[Forrester Visibility Vacuum とは ─ AI 検索が変える BtoB バイヤーの「見つけ方」]
▶ シリーズ前々回:[Forrester Connected GTM Framework とは]
▶ サミット総括:[GTM Singularity とは]
▶ シリーズ次回(予告):[Buying Group Transformation ─ 個人から「グループ」への売り方]

代表取締役 | CEO and Founder
BtoBマーケティング・RevOpsコンサルタント
内村裕香 [プロフィール]
2015年から大手総合電機メーカーでBtoBマーケティング組織の立ち上げと社内定着化を主導。Adobe Marketer of the Year 2020 受賞。2024年に株式会社ベネクロを創業し、日本のBtoB企業 ─ 特に従業員300〜2,000名規模の製造業 ─ を対象に、グローバル最前線の知見を日本市場向けに再構築した戦略コンサルティングを提供。専門領域はマーケティングオペレーション(MOps)/レベニューオペレーション(RevOps)。Forrester B2B Summit North America 2026 参加・Forrester Certification「Activating the Modern GTM」取得。NPO法人Forum2050 CDO、神奈川ニュービジネス協議会(KNBC)会員。


